「戒名」と聞くとどんなイメージがあるでしょうか?もちろん亡くなった方に名づける名前だと知っているかと思いますが、具体的な意味や成り立ち、そして戒名を名付けることにもお金がかかる事などを知らない方も多いと思います。そこで身近に存在するけど、あまりよく知らない「戒名」について詳しく解説していこうと思います。
1.戒名の意味って?
「戒名」とは、仏さまの弟子になった(仏教徒になった)証として、授かる僧侶としての名前(僧名)です。とても分かりやすく言う為に、語弊を恐れずいえばキリスト教における洗礼名のようなイメージです。
例えば有名な戦国武将の武田信玄や上杉謙信の名前は、実は戒名なのです。武田信玄の本名は武田晴信、上杉謙信の本名は上杉景虎です。つまり「信玄」、「謙信」は、仏教徒として名前、つまり戒名なのです。
もともと戒名は生前に僧侶から授かるものですが、現在の日本では亡くなった後にいただくことが一般的です。通夜までに菩提寺につけてもらうのが、本来の流れとなっていますが、私の母の場合も葬儀後につけてもらった様に、お葬式までに決まらない場合もありますので、柔軟に考えてもいいかと思います。
2.戒名の歴史
実は戒名という存在は、仏教発祥のインドでは存在していませんでした。しかし、仏教がインドから中国に伝わった段階で、中国の道教の習慣と結びついて戒名が生まれました。例えば西遊記で登場する三蔵(玄奘)法師は、もともと生まれた時の名前がありましたが、僧侶になったことで「玄奘」という戒名を名乗ることになりました。
そして中国から日本に仏教が伝わり室町時代あたりになると、仏教に帰依した人の証として名乗る人が増え始めます。例えば一休さんで有名な一休宗純は、一休が道号、宗純が戒名です。戦国時代には仏教徒としての戒名を名前に付けて名乗る戦国大名も出現していきます。
そして江戸時代に入って家制度・檀家制度と結びつくことで、一般人でも亡くなった方に戒名を付ける習慣が広がっていきました。そして第2次世界大戦後、一般人でも院号、道号、法号、位号を付ける9文字戒名が一般的となりました。
3.戒名のランクと値段相場
戒名を授かるにもお金がかかりますが、値段に定価はありません。もちろん戒名のランクごとに大まかな相場、目安はあります。もちろん戒名に高額なお金をかけることに抵抗があると思いますので、あくまでも「目安」として考え、初めに「予算はこれです」と先に僧侶に伝えて相談してもよいと思います。
宗派 | ランク | |||
信士・信女 | 居士・大姉 | 院信士・院信女 | 院居士・院大姉 | |
浄土宗 | 5~15万 | 35~60万 | 80万~ | 100万~ |
真言宗 | 15~40万 | 50~60万 | 70万~ | ― |
臨済宗 | 30~50万 | 50~80万 | ― | 100万~ |
曹洞宗 | ― | 50~70万 | ― | 100万~ |
日蓮宗 | ― | ― | 30~50万 | 100万~ |
浄土真宗 | 釋 | 院釋 | ― | ― |
20万~ | 50万~ |
4.戒名の構成・文字数・文字
戒名は文字の羅列のように見えますし、一見複雑で難しそうです。しかし、戒名には仏教の宗派ごとに主なルール・構成方法があり、そのルールに則って名付けられています。また戒名は経典・仏典から引用されることが多いです。では構成方法・文字数について解説していきます。
(1)戒名の構成・文字数
もともと戒名は2文字だけでしたが、社会貢献や信仰心の高さなどによって院号や道号、性別などを区別するように徐々に増えていき、戦前までに6文字、戦後そして現在では9文字が一般的になりました。そして戒名の9文字は大きく分けて4つの部分から構成されています。
◆一般的な戒名の構成・文字数(9文字)
〇〇院(院号)+ ◇◇(道号)+ △△(法号)+ 居士(位号)
(2)院号・院殿号(いんごう・いんでんごう)
院号はもともと仏教に大きく貢献した人や高位の貴族など、ごく一部の特別な人しか付けることのできなかった名前でした。明治時代ごろから一般人でも付けられるようになりましたが、現在でも社会的貢献や信仰心の高い人に付けられる気高い名とされています。
ちなみに院号の派生形として、「院殿号(いんでんごう)」もありますが、現在では院号よりも更にランクの高い戒名とされています。もともとは室町幕府を開いた足利尊氏が「院号」に遠慮して、院号より格下のつもりで名付けたのが「院殿号」の始まりだと言われています。ただし先ほども述べたように現在では院号よりも院殿号の方がランクが上になっています。
(3)道号(どうごう)
道号とは仏道を究めた僧侶などにつけられる尊称です。生前の雅号や別名(ペンネーム)等がつけられることもあります。
もともとは中国の禅宗が授ける名前でしたが、中国から日本に禅宗が伝えられることにより鎌倉時代から室町時代にかけて普及していきました。室町時代以降は僧侶だけでなく武士にも、この道号が付けられるようになりました。ちなみに、道号は禅宗(臨済宗・曹洞宗など)、浄土宗、真言宗、天台宗、日蓮宗で付けられますが、浄土真宗や律宗などは用いません。
(4)法号(ほうごう)
「法号」は実は戒名の本体です。一般的には法号は仏典やお経の中から適切な2文字を抜き出して法号としますが、生前の俗名や故人の生前にまつわる字が使われることもあります。
例えば、美空ひばりの戒名は「茲唱院美空日和清大姉」なので、「日和」という部分が法号で、戒名の本体です。
(5)位号(いごう)
位号は、俗名でいえば「様」に当たる意味です。男性は「居士」、「信士」、女性は「大姉」、「信女」という名が使われます。いわゆる戒名のランク(社会貢献、仏教心の強さ)によって使う文字が変わり、一般的には「居士」、「大姉」の方が各上とされています。
また、未成年(3~18歳ぐらい)の場合には「童子」・「童女」、幼児(3歳未満)や死産した場合には「水子」が付けられます。
4.各宗派の戒名の特徴
戒名はすべて同じルールで名づけられていません。各宗派によってルールや特徴が異なっていますので、それぞれの宗派について詳しく解説していきます。
(1)臨済宗
臨済宗の戒名は、院号+道号+法号+位号(合計9文字)のオーソドックスな戒名が一般的です。まれに院号の代わりに「軒」、「庵」が用いられることもあります。
(2)曹洞宗
曹洞宗の戒名は、院号+道号+法号+位号の構成で、9文字のオーソドックスな戒名が一般的です。
(3)黄檗宗
黄檗宗の戒名は、院号+道号+法号+位号の9文字の戒名が一般的です。
(4)真言宗
真言宗では、院号+道号+法号+位号という9文字構成の戒名が基本です。
(5)天台宗
真言宗では、院号+道号+法号+位号という9文字構成の戒名が基本です。
(6)浄土宗
浄土宗の戒名の構成は、院号+道号+法号+位号という9文字が基本です。浄土宗では、道号の部分に「誉」という字を入れて誉号にします。
〇〇院(院号)+◇誉(道号)+△△(法号)+居士(位号)
(例)雄照院 賢誉 祖清 居士
また、位号の部分を男性であれば「禅定門」、女性であれば「禅定尼」とする場合もあります。
〇〇院(院号)+◇誉(道号)+△△(法号)+禅定門(位号)
(例)浄興院 栄誉 名戒 禅定門
ちなみに浄土宗西山派では、「誉」ではなく「空」を用います。
(7)浄土真宗
浄土真宗の法名(戒名)の構成は、院号+釋号+法号という7文字が一般的です。浄土真宗では、そもそも戒名ではなく「法名」と呼びます。浄土真宗の法名の特徴は、院号のあとに「釋」(女性の場合は釋尼)を入れ、その後に法名をつけ、位号を付けません。
〇〇院(院号)+釋(釋号)+△△(法名)
(例)清涼院 釋 明守
(8)日蓮宗
まず日蓮宗では戒名ではなく「法名」と呼びます。日蓮宗の法名(戒名)の構成は、院号+道号+法号+位号の9文字が一般的です。さらに日蓮宗の戒名の特徴は、法号の一文字目に「日」を付け日号とする点です。
〇〇院(院号)+◇◇(道号)+日△(法号)+居士(位号)
(例)光明院 法泉 日敬 居士
(9)日蓮正宗
日蓮宗の戒名の構成は、院号+法号+位号の7文字が一般的です。日蓮正宗では、道号を付けず、さらに法号の一文字目に「法(女性の場合は、妙)」を付ける点が特徴的です。また位号には男性は居士、女性は大姉を用いるのが通例です。
〇〇院(院号)+法△(法号)+居士(位号)
(例)大清院 法淨 居士
(10)時宗
時宗の戒名の構成は、院号+道号+法号+位号の9文字の戒名が一般的です。時宗の戒名の特徴は、道号の部分に「阿(女性は弌)」を付けます。
(11)律宗
律宗は教学追及を信条としているため、本山では戒名授与はしておりません。
(12)華厳宗
華厳宗は教学追及を信条としているため、本山では戒名授与はしておりません。
5.偉人や有名人の戒名
ここまで戒名の意味や構成、相場について述べてきましたが、実際の戒名にはどんなものがあるのでしょうか?偉人や有名人の戒名を実例として紹介します。
黒澤明(映画監督):映明院殿紘國慈愛大居士
田中角栄(政治家):政覚院殿越山徳栄大居士
古橋 廣之進(水泳):大照院泳心廣道居士
三島由紀夫(作家):彰武院文艦公威居士
野口英世(学者):大仁院殿済民英世居士
◆浄土宗系
吉田茂(政治家):叡光院殿徹誉明徳素匯大居士
谷崎潤一郎(作家):安楽寿院功誉文林徳潤居士
◆浄土真宗系
林家三平(落語家):志道院釋誠泰
赤塚不二夫(漫画家):不二院釋漫雄
司馬遼太郎(作家):遼望院釋淨定
◆日蓮宗系
芥川龍之介(作家):懿文院龍之介日崇居士
美空ひばり(歌手):茲唱院美空日和清大姉
いかりや長介(俳優):瑞雲院法道日長居士
ジャイアント馬場(プロレスラー):顕峰院法正日剛大居士
6.戒名を自分でつける場合
亡くなった方に戒名を付けることは中国やインドにもない日本独人の文化・習慣です。もともとのインドには戒名という存在自体もなく、中国には戒名はありますが、死んだ人には付けません。ですので、生前に自分自身で戒名を付けることは何ら問題ありません。
7.戒名をつけない場合
故人の希望や金銭的な理由から戒名をつけず、俗名(ぞくみょう)のまま葬儀を行う場合もあります。しかし戒名がないと菩提寺に納骨できない場合も稀にあるので、よく相談しましょう。逆を言えば、公営墓地や民営墓地では、宗教的観点を除けば、戒名は必要ないとも言えます。
8.まとめ
戒名の意味や構成、料金相場についてご理解いただけたでしょうか?戒名の意味や成り立ちを知ることで、身の回りにある戒名についてより深くその意味を知ることもできますし、親や親戚の戒名についてもう一度考えてみることもおススメです。戒名は仏の道に入ったことを表す名前です。その意味からいえば、生前から自分の生き方を見直すためにも戒名を付けることも非常に理にかなったことです。
戒名には高額のお布施料という問題も一部にはありますが、せっかく存在する日本独自の文化である戒名は仏教という存在をより身近にもすることができます。ぜひ一度戒名について生前から話し合ってみると、今をより良く生きるヒントになるかもしれません。